昭和サラリーマン親父の酔どれ日記
昭和生まれで親父で障害者のヒロが、35年余りのサラリーマン生活を振り返るライフログ的ブログ。障害を持ちながら一般就労の社会人として長年勤め上げてきた背中が語る「あの日、あの時」。<br />一献傾けながら、しみじみ噛みしめてまいりましょう。

全ては「足の爪の切り方」から始まった

全ては「足の爪の切り方」から始まった

 
今日は吾(われ)が何故このみんらぼの
メンバーでいるのかにふれてみたい。

吾ら夫婦は揃って
脳性麻痺者であり
健常の子供が二人いる。

夫婦揃って脳性麻痺だけでも珍しいのに
子供も二人いると言う事自体
地域では稀なる存在で有った。

全てが手探り状態で
加えてお互いに二次障害たるものに直面した時

同じような境遇の方が
何処かに居られるはずだと思い
ネットで探し始めたのだった。

 

出会い

そうこうしている間に吾は
同じみんらぼのメンバーでもある
「なるみさん」のブログに辿り着いた。

同じ脳性麻痺で
子供さんも育てておられるとの事で
ブログ上でのやり取りが始まった。

あの時の安堵感は
言葉では言い表せないものがあった。

 

FACE BOOKへ

なるみさんとの出会いから少しして
脳性麻痺の方のFACEBOOKグループが有るのを知り
初めてのSNSの世界に飛び込んだ。

そこではいろんな事を共有させて頂き、
友達も出来た。

夫婦で皆さんに会いに
東京―大阪間を日帰と言う
強行スケジュールをこなしたのも
良い思い出である。

 
「足の爪が切りにくいんだけど皆どうしてる?」

 
ある日そんな問いに
何気なく答えを返した。

「足を高く上げて切れば切り易いよ」と
吾が自然に身につけた方法である。

この何気無い答えに
「目から鱗」と感激して頂いた方が
みんらぼ所長の代橋亭ずずこ氏である。

 

足の爪切りの動画撮らせて!!

それからしばらくして
ずずこ所長がみんらぼメンバーでも有る
優作さんと共に

 
「お話が有るから伺っても良いかしら?」

 
と連絡があり、
あっという間に吾が家に来られた。

色々とお話をした。
その内容は

 
「我々みたいに障害の有る方々に
 役立つサイトを作りたいんだけど
 協力して頂けない?」

 
と言う主旨であったが
吾ら夫婦の経験が誰かの
お役に立てれば幸いと
2つ返事でOKした。

それから何回かに渡りロケが行われ、
爪の切り方を始めとして、
洗濯物の干し方
食卓の上に直接鍋が置かれるナベどん
お出かけスタイル等々

吾ら夫婦の生活スタイルが
暴かれて行ったので有る。
(残念ながらモザイクだらけだけどね)

諦めないで欲しい

てな訳でずずこ所長を筆頭に始まった
「みんらぼ」のプロジェクトで有るが

吾はこの「みんらぼ」を通じて
見て頂いている我々と同じく障害を持った方々に

「方法はいくらでも有るから諦めないで!」
と言うメッセージを込めたいと思っている。

「障害があるから〜が出来ない」

とか

「障害があるから人目を気にして〜出来ない」

等の事で絶対に
諦めないで挑戦して欲しいと願っている。

だって、諦めたら絶対に悔いが残るから。
吾に対しての奮起の意味も込めて。

この記事を書いた人

ヒロ
ヒロ
1960年の高度成長期真っただ中に生まれ、障害が有るから人の2倍3倍頑張りなさいと育てられ現在に至る。
アテトーゼ型脳性麻痺2級保持者。
趣味はギターにパソコン(何台作製し分解したかわからない)、とアマチュア無線。
アマチュア無線はインターネット、携帯電話が普及した中で、どれだけ小さな出力でどれだけ遠くに電波を飛ばせるかに情熱を燃やすちょっと変わった人。
真夏に極寒の南極昭和基地と交信できたのは印象的だった。

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