【緊張の強い人と横断歩道】リュックの肩紐を持ち手にして、味方を作りながら歩く

こんにちは。みんらぼのゆうさくです。

突然ですが、「障害を持つ人と一緒に街を歩く時の振る舞い」について、誰かから教わったことはありますか?
僕は中学生の時に養護学校の生徒さんたちと何度か学校交流の授業を受けたことがありますが、その時教わったのは「障害を持つ人たちがいるんだよ」ということだけでした。
「障害を持つ人たちと共生・共存してくにはこうすればいいんだよ」ということは、たぶん何も教わらなかったんじゃないかと思います。

狭い道で車椅子の人と鉢合わせになったら?
それが両手杖の人だったら?
交差点で肩が触れた人が視覚障害者だったら?

僕はそれぞれの場面に対する明確な回答を持っていません。
あたふたしながら、その場で最適解が見付けられるように努力することしかできないように思います。

でもひとつだけ、明確に「こうする」が決まっていることがあるのです。
それが、うちの所長と街歩きをする時の自分の振る舞い方です。

みんらぼの所長は、僕の会社の社長で、脳性まひ

みんらぼの所長であるところの代橋亭ずずこ氏は、僕が勤めているマーケティング会社の社長でもあります。
仕事中の合間のお喋りでずずこ氏が「障害者向けのWikipediaみたいなサイトがあったらいいのになー」なんて気軽に言いだしたことから、みんらぼは誕生したのでした。

さて、ずずこ氏は脳性麻痺(のうせいまひ)を持つ障害者です。
体の右側のまひが強くて、握力は6キロないって言ってたかな。
最近は二本杖にも挑戦していますが、街を歩く時はもっぱら片手杖。
力の強い左手で杖を持って歩きます。

僕たちのマーケティングの仕事は、大きくは「打合せ」「実査」「レポーティング」に分けられるのですが、このうち「打合せ」と「実査」の時は現場に趣くことになります。
その時は東京の銀座や神田といった街中を歩き回るのですけど、いつも決まってずずこ氏がモジモジとして足を止める場所があります。
それは、横断歩道です。

リュックの紐はつまむだけ。引っ張ってほしい訳ではない

ずずこ氏の話しによると、二車線以上の道に掛かっている横断歩道は、いざ通ろうとすると体が緊張して思うように動かなくなるのだそう。

理由は、「信号機が青色でいる時間のうちに向こう側に渡れるだろうか」「このまま横断歩道の真ん中で立ち往生してしまったらどうしよう」「転んでしまったらもうどうしようもない」といったことを想像して、不安になってしまうからなんだそうです。

初めてこの話しを聞いたときは、「へぇー!そんなことがあるんですか!」と、声を出して驚いたものです。
だって普段はセーフティシステムがぶっ壊れたマシンガンみたいにどばどば喋り続けてる人が、突然弱気になっちゃうんだもの。

で、驚いている僕にずずこ氏が出したリクエストは、「右手でリュックの紐を持たせてほしい」というものでした。
僕は背負っていたリュックサックの肩紐の・・・左脇の下を通っている紐が、ずずこ氏の右手が届くように位置を調整しました。
ずずこ氏はリュックの肩紐をちょいとつまんで、「よし」と一声。
僕たちは歩調を合わせて、横断歩道をてくてくと歩いて渡ります。

この時、もうひとつ驚いたのは、ずずこ氏のリクエストが「右手でリュックの紐を持たせてほしい」ということであって、決して「右手を掴んで引っ張ってほしい」ということではないということでした。
これも後から本人に確認したのですが、苦手な横断歩道を歩く時も、あくまで自分のペースで歩きたいのだそう。
その時に体が動かなくなる理由は「不安」なのだけど、右手で同行者のリュックの紐でもつまんでいられたなら、その不安は大きく減るのだそうです。
以来、ずずこ氏と一緒に街を歩く時の僕は、必ずリュックサックを背負っています。
まあ元々手提げや肩掛けのバッグは嫌いだったので、特に意識している訳ではないんですけどね。

歩幅や周りの状況を見て、肩紐を”つまんでいるだけ”の状態をキープ

ではでは、具体的にやっていることを整理していきます。

まず横断歩道に差し掛かったら、すすっとずずこ氏の右斜め前に立ってジョイントを待ちます。
肩紐をつままれた感覚があったら、一声かけてゆっくりと歩行開始。

この時気を付けているのは、歩き出す前にずずこ氏がつまんでいる肩紐が、引っ張られたり窮屈になったりしていない状態をキープすること。
そしてその状態が維持できるように、歩くペースはあくまでずずこ氏のペースに合わせるということです。

ここからは僕の考えですが、自分のペースが乱されたり、急かされたりする時、確かに僕も緊張を感じます。
それは、体のどこが・・・ということを意識するほどのものではありませんが、とにかく確かにどこかが緊張しているのです。
ならば逆説的に、自分のペースで行動できると信じられている時、人の体はゆるやかでいられるということが言えるのではないか。

だったら、ずずこ氏が僕に引っ張られたり、逆に間が詰まって進みたいように進めないといったことにならないようにするのがええのではないかと。
そう思って、あくまでずずこ氏が僕のリュックの肩紐を”つまんでいるだけ”の状態を維持できるように、微妙に伝わってくる体の揺れや歩幅歩調に合わせて、歩く速度や歩幅を調整しています。

対向者が団体でやってきたら目力でかきわける。ついでに信号待ちのドライバーにアイコンタクトを発信

とっさに身体を動かすことが苦手なずずこ氏は、人混みが最高に苦手だとなぜか胸を張って断言します。
歩道で大勢の対向者と蜂合う時は、大回りに迂回したり、それが難しい時はその場で止まって彼らの通過を待つこともあるのだそうです。

ところが、横断歩道は道路を横断するまでに制限時間があります。
僕たちが横断歩道を使う時間帯は通勤ラッシュや帰宅ラッシュの時間帯ではないのでそこまでの問題ではありませんが、それでも数人の団体と対向することもしばしば。

そういう時は何というか、あれです、目力です(笑)
歩きスマホが盛況な世の中ですが、さすがに横断歩道はみなさんが前を向く頻度が高いような気がします。
特に団体は、先頭の1、2人が気付いてくれれば後ろの人々も連鎖で気付いてくれることが多いので、こう、目力でオーラを送って、「こっちは君たちをかわす気はないんだかんね」という意思を込めて真っ直ぐ歩いて行くと、たいていの場合は気付いて道をあけてくれます。
みんなやさしい。

それでも何かあって、横断歩道を渡りきるまでに信号が変わってしまうことがあるかもしれません。
なので、歩くのに時間が掛かっているなと感じたら、対向者に向けていた目力の対象を信号待ちをしている車のドライバーに変えて照射します(笑)

今までそんなに機会のないことでしたが、それでもドライバーの方々はこちらの様子を見て色々察してくれるので、何となく「分かってるぜ」というムードを出してくれます。
道行く人々は僕たちの協力者なのです。

その行為を、「サポート」ではなく「共同作業」にしてしまう

いかがだったでしょうか。
記事を書きながら、やっだ何この気遣い最高のイケメンどこのどなたと思ったら僕でした。ゲヘヘ。

色々やってるように見えるかもしれませんが、結局はずずこ氏がどんな時にどういうことを感じてどういう身体の反応をするのかを聞いておいて、状況への対応を肩代わりしているだけだったりします。
僕はこうしている、というだけの話しですし、ずずこ氏からのリクエストをさらに細かく反映させていけば、もっと中身は変わるかもしれません。

そうそう、誰かのサポートをする時って、こちらのできることと、その人のリクエストの掛け合わせ。
関係性があった上でのオーダーメイドだと、僕は思います。
介護や介助のプロではない僕らだからこそ、サポートという行為はこちらがパートナーに「提供」するものではなく、パートナーとの「共同作業」のひとつの在り方ということにしてしまうことが、その時々の最適解に近づける一番の方法ではないかしら、なんてことを考える今日この頃です。

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この記事を書いた人

ゆうさく
ゆうさく
1985年生まれ。和歌山県出身。健常者。物忘れがやや激しめ。子ども時代の家族は、共働きの両親と共働きの祖父母、あまり動けない曾祖母と無駄に動き回る2人の弟達という、8人の小さなダイバーシティでした。趣味は工作。段ボールと木材は夢のカケラ。部屋作りも大好き。いつか家をDIYするんだ。あと、シンガーソングライターもやってます。ジムで本格的な筋トレも始めました。チャームポイントは大腿四頭筋と大胸筋。